【心のかたち,人のかたち】



1986年2月16日・・・・その日は朝からかなりの冷え込みだった。
「さむー・・・」「おはよー。寒いねー。」「ありえないくらい寒いよね・・・」「ありえないよねぇ。この寒さ」
凍てつくような寒さの中、詩織は友人と学校へ向かった。

のかたち         ANOTHER STORY OF TM
        番外編              EP  7.5
のかたち          WEAVING A STORY



その日の授業後、詩織は帰りのSHRと言う名の裁判にかけられていた。

「今日、○○さんの財布が無くなった。誰か知ってる者はいるか?」担任のその一言からこの騒動は始まった。
○○の財布が盗難にあったらしい。当然、詩織には全く身に覚えがない。

昼休みには購買部でジュースを買ってそれまではあって、午後の体育の後になくなっていることに気づいたとのことだ。
落し物として届けられてなかった為、当の本人は盗難されたと言い張っているらしい。

誰かが静寂を裂いてボソッと言った。
「詩織って体育の時間どっか行かなかった?」   ザワザワし始める教室・・・
「えっ!?私はただ、授業で要るメンバー表を忘れてて・・・取りに行っただけで・・・」

そこからは、5分ほど水掛け論がつづく。
担任は言った。「とりあえず詩織は職員室にきなさい。皆も勘違いしないように。誤解を解いてもらうだけだ。」
しかし、勘違いしない人間のほうが珍しいであろう。教室からは非難の目で見られていた。
「それではとりあえず今日はここまで。用事のないものは早く下校しなさい。」

職員室へ着くと他の教師も事情を知っているらしく、冷たい視線を感じた。奥の個室に入れられた。
「まぁ、座れ。おまえも女性だ、そのため女性の先生にも立ち会ってもらう。」
現国のユカだった。ユカは生徒からの信頼も厚く、頼れる教師といった感じの教師だった。

担任が言った「カバンの中身を全部出しなさい。それと財布も。」 担任はハナから私のことを疑ってかかっているようだ。
しかし次の瞬間だった。ユカが言う。
「××先生。それはやめてあげてください。中学生とは言え、女の子です。かばんの中身は見せたいものじゃありません。
ましてや、先生の言い方はこのコを最初から疑っているようなものです。」

「しかしですね。ユカ先生。潔白をある程度、証明するには持ち物検査しか・・・」
「じゃあ××先生は外に出ていただけますか?」
私はユカのこういうところが大好きだった。
人のことを考え、それを指摘するときは先輩も後輩も、上司も部下も関係ないと言わないばかりの毅然とした態度だった。
「はぁ・・・・わかりました。」      担任の負けである。

「じゃあ、一応見せてもらえるかな?今回の件に関係ないものは大目に見るからw」
「はい・・・」

かばんを開き中身を出す。校則違反と言えば、雑誌だけだった。
「こらwこんなもの持ってきちゃだめだってw」
「先生、大目に見るって言ったじゃん!w」

この人は冗談が通じる教師の一人である。このくらいのことなら本気で怒ったりはしない。

「うん。潔白だね。次、財布もいいかな?」命令ではない、了解を得ようとする質問のような聞き方だった。
その時、私は思った。
ああ、これが他の教師とは全然違う、信頼の出来る、「優しさ」だった。

私は頷いて財布を取り出し、ユカに手渡す。
彼女は中身を確認すると、すぐに返してくれた。
「おっけー。ごめんね・・これも仕事だから。でも潔白は証明されたねw」
彼女の笑顔は、私のキモチを、スッと癒してくれた。皆に疑われ、傷ついた私のココロを知っているかのような満面の笑みだった。


コンコン

部屋にノックの音が響いた。担任のようだ。
「ユカ先生、よろしいですか?」  「ええ。どうぞ。もう終わりました」
「××先生。詩織ちゃんは潔白ですよ!」 
「ええ。私もそれを伝えに。」  「?」

担任は手に財布を持っていた。
「先ほどトイレの清掃を行っていた生徒が届けてくれまして。たぶん○○のものだと。」
「詩織。すまなかったな。もう下校していいぞ。」
ワタシは無言で職員室を出た。

校舎を出ようとするとユカが追いかけてきた。
「おーい。詩織ちゃん。お疲れ様。」
「いえ。そんな疲れては・・・」
「ま、いいじゃん。」 ユカはジュースとコーヒーを持っていた。
「どっちがいい?」 「じゃあ、ジュースを・・・」
「××の最後の言い方腹立つよねぇ!なによ!かえっていいぞって!」
「先生、落ち着いてくださいw」
「だってむかつくじゃんか。あの後アイツ、『○○の方は私から説教しておくから』って言ったんだよ?」
「はぁ」
「だから言ってやったのよ。コレは怒ることじゃない。これからは気をつけて。でイイって」
「だいたい教師って人を叱ることしか考えてないような気がしない?」
あなたも教師ですよ。。。と思ったが、あえて黙っておいた。
「雑誌のこともナイショにしといたからww」


ユカのマシンガントークは続いた。  ふと一言。その一言は大きかった。
「人を疑う。って言うことは、自分も疑われるのと同義だと思うの。」

疑うことと疑われることは同義

心に響いた。
「だって、疑いをかけられることは、自分にも疑いがかかる可能性があるってことじゃない?」
「だから私は、生徒のことだけは疑わない。そうじゃないと、皆からも信用してもらえないから。」
「変な壷とかは、そりゃ疑うけどさー。私たちが生徒疑ったら、ダレが学校で生徒たちを教育するの?って感じ」

私は思った。こんな先生ばかりだったら、傷つくコは少なくて済むのに。
同時にユカのような人間になりたいと思った。
教師になるかどうかはわからないけれど、人のことを大事にできる人間に。

━━━━━━10年後━━━━━━
「詩織といいます。今年教師になったばかりですが宜しくおねがいします」


                                                        END